インタビュー #4

奈川「地域でつなぐ伝統野菜 保平かぶ」

~アルプスエリアの古くて新しい食体験 その3~

旧奈川村(現/松本市奈川)には、古くからこの地域だけに栽培されている希少なかぶがあります。それは信州の伝統野菜にも認定された「保平(ほだいら)かぶ」。食味や食感が絶妙で、平成30年長野県漬物品評会で県知事賞を受賞し、地域の内外に根強いファンも多い。かぶの特徴は、鮮やかな紅色の円すい形の根と、びわ形の葉。もっぱらの食べ方は甘酢漬けで、辛みが少なく甘みと適度な歯ごたえを楽しめます。そんな保平かぶを地域の貴重な食文化として大事につなげていこうとする人々がいます。

収穫時期にあたる11月の初旬、奈川で保平かぶの栽培を手がける奥原勝由さん・美喜子さんの畑を訪ね、話をうかがってきました。


▲右から 奥原勝由さん、美喜子さん、奥原さんを紹介してくれた古幡由子さん


山あいの素朴な田舎 奈川

奈川は、野麦街道・鎌倉街道という、街道沿いの村として、人々の交流や物資の流通でにぎわい、発展してきた場所です。街道と共に歩んできた奈川の現在は、人口673人 世帯数328世帯 (令和元年12月1日現在)と、少子高齢化が進む山間地域ですが、保平かぶの他、蕎麦、えごま、花豆など、在来の作物を昔から大事に育てる農家さんがいたり、奈川ののどかな雰囲気が気に入り街から移り住んでくる方がいたりと、山あいで素朴な田舎の景色が広がる地域です。



▲保平かぶの段々畑。昔はこの畑で米を作っていたこともあるという。


奈川の伝統野菜 保平かぶとは?

保平かぶの来歴は不明ですが、旧奈川村の保平、川浦、寄合渡集落で古くから栽培されてきたそうです。



▲鮮やかな紅色と円すい形の根が保平かぶの理想形


奈川の特異な環境でこそ育つ保平かぶ。松本平で育てようと思っても、どうしてか上手く育たないのだとか。8月のお盆過ぎに種まきをして、収穫は晩秋の10月下旬~11月上旬とのこと。栽培する上で大変なことは? と勝由さんにうかがうと、

勝由さん「天気と虫が大変。種をまくタイミングは毎年気をつかうね。」


▲葉を落とす勝由さん かぶの葉はすんき漬けの材料として出荷することもある


一番シビアなのは種まき時期の天気だそうで、種まき前に雨が続くのも、畑が乾きすぎているのも発芽によくない。そうかと言って様子を見すぎていると、タイミングを逃してしまうため、適切な種のまきどきを見極めるのに、毎年とても気をつかうそうです。それはまるで、わが子が何かチャレンジに向かうときに後押しする親心のよう。

そしてまた、種まきを終え、無事に発芽をしてからも、形のいいかぶを作るために生育期間中ずっと、虫や雑草との格闘だけでなく、畑を荒らす猿など野生動物との格闘も続く。子育てが簡単でないように、伝統野菜の保平かぶを育てるのも一筋縄ではいかないようです。



また、理想的な形のかぶを維持していくための種取りも、勝由さんにとって大きな仕事。

勝由さんは、奈川地区の文化祭で行われた保平かぶの品評会で大賞を受賞したことがある栽培技術の持ち主で、かぶの形の良さや品質から、「種を分けてほしい」と地域の方から頼まれることも多いのだとか。現在、勝由さんは55アールの畑で約12tの保平かぶを出荷しています。


▲上空から見たかぶ畑の様子 白い部分は収穫が済んだ畑 収穫完了までもう少し




▲種取り用に分けた理想的な形の保平かぶ


地域外へも広がる保平かぶのファン

勝由さんのもとを訪れるのは、地域内の方だけではありません。勝由さんは、神谷地区にある滞在型市民農園 神谷クラインガルデンの管理人でもあります。クラインガルデンの利用者は、保平かぶの美味しさに驚き、勝由さんの手ほどきの元、保平かぶの栽培に次々とチャレンジし、それぞれ甘酢漬けにするそうです。

勝由さん「利用者どうし、どれが美味しいか食べ比べするのも楽しい様子。同じレシピで漬けても、漬ける人によって味わいが変わるから面白い。」

勝由さんの妻、美喜子さんは、保平かぶの甘酢漬けの名人で、保平かぶ甘酢漬けコンクールで入賞したこともあるほど。取材中、美喜子さんの声掛けで、お茶タイムが始まりました。



▲畑の一角で始まったお茶タイムの様子


誘われるままに、畑の脇に用意されたテーブルへと移動すると、美喜子さんお手製の保平かぶの甘酢漬けのほか、さまざまなお茶うけが並んでいました。保平かぶの甘酢漬けは、甘みが際立ち、またしゃきっとした食感も良く、いくらでも食べ進めてしまいそうになります。ふと辺りを見渡すと、空は青く、山々に囲まれて、畑が段々と続き……、本当にのどか。こんな風に、畑作業+お茶タイムが奈川のあちこちで日々繰り広げられているのだろうなと思うと、ほっこりとした気持ちになります。



勝由さんは、クラインガルデンの他に、信州・松本奈川グリーンツーリズム協議会が開催している保平かぶの収穫体験ツアーの受け入れもしています。東京などからの参加者が、地区内に数日間滞在しながら、かぶの収穫を手伝ったり、農家との交流を楽しんだりするもので、とても人気の企画なのだそう。



▲勝由さんのこの笑顔に魅かれてくる人も多いのでは?


保平かぶをめぐる若手の挑戦も始まって

奈川では現在、約50~70戸が自家用に保平かぶを栽培しています。地元の加工会社である奈川山菜へは5人の方が出荷していますが、高齢の方が多く後継者の心配があります。そんななか、若い担い手も現れているようです。そのお一人が今回、勝由さん・美喜子さんを紹介してくれた古幡由子さん。

岐阜県出身の由子さんは、10年前に奈川へお嫁に来て、役所での仕事や子育ての傍ら、昨年から保平かぶの栽培に取り組み始めたのだとか。

由子さん「初めて奈川でおばあちゃんが出してくれた、保平かぶの漬物が本当に美味しくて。」



▲収穫を手伝う由子さん


そんな由子さんは、昨年、自分なりのやり方でかぶの栽培を始めたところ、なかなか思うように育たず、今年から勝由さんに一から栽培方法を教えてもらうようになったそうです。肥料の配合等、細かに教わりながら栽培したところ、今年は2アールの畑で約250kgの、形の良い保平かぶを収穫できたのだとか。収穫時、畑にお子さんを連れて来て作業をすることもあるそうです。

由子さん「目標は、勝由さんです。少しずつ収穫量を増やしていきたいですし、独自で出荷できる営業先を探していきたいと思っています。」

保平かぶをつなげ、販路を広げていこうと意気込む由子さん。そして、そんな由子さんを頼もしそうに見守る勝由さん・美喜子さんの笑顔が畑にほころぶ。




奈川の風土がつくる伝統野菜の保平かぶ。そんな保平かぶをきっかけに、奈川という地域に関わる人の輪がじわりと広がっています。




編集後記

取材が終わると、勝由さんから「漬けてみるか?」と収穫したばかりの保平かぶをお土産に頂きました。切り方によって食感が全然違うそうで、美味しく漬かる切り方をご指導いただき、美喜子さんのレシピも教えてもらいました。教えられた通りに漬けてみて4日ほど。少しずつ赤い汁がでて、ほんのりと実に色が移ってきたところで、食べごろまでもう少し。ここからもっと色鮮やかになり、味もなじんでいきます。かぶ畑の景色や人を思い浮かべながら漬物を食べる贅沢を思うとその日が待ち遠しく、(美喜子さんの甘酢漬けにはもちろん叶いませんが、)とびきりのお茶うけが待機しているという満足感で、食べる前からほくほくしています。

勝由さんの畑の保平かぶは、主に地元の加工所「奈川山菜」へ出荷され甘酢漬けに加工後、販売されているほか、松本市内のレストランへも出荷されています。奈川の人たちが大事につないでいる保平かぶをぜひ、味わってみてください。

(楓 紋子)


奈川山菜

http://nagawasansai.com/

松本市公式観光情報 新まつもと物語「奈川」

https://visitmatsumoto.com/area/nagawa/

ながわ楽農倶楽部

http://rakuno-oohara.sakura.ne.jp/

アルプス山岳郷

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