インタビュー#15

沢渡「ナショナルパークの玄関口」

~地域をつなぐハブ “バスタ沢渡” へ向けた取組み~

中部山岳国立公園の南の玄関口にあたる沢渡バスターミナル(BT)は、2011年の完成以来、主にマイカー規制のある上高地への乗り入れ拠点として機能。しかし地元からは、上高地への乗り入れ機能だけでなく、高山・平湯・白骨・乗鞍高原など周辺観光地を連結するハブ化の要望が長年強くありました。調査・研究を重ね、ようやく昨年4月から、沢渡BTに乗り入れするバスの種類が増え、周辺地域へのアクセスが向上することに。今回は、沢渡BTのハブ化に向けて、長年尽力されてきたアルプス山岳郷 交通利用推進事業部長の齊藤 敬一さんにハブ化の舞台裏と今後の展望をお聞きしてきました。



△アルプス山岳郷 交通利用推進事業部長の齊藤 敬一さんと


沢渡BT ハブ化の経緯とは

楓「沢渡BTのハブ化により、それまで目的地別に異なる中継拠点を経なければならなかったのが、多くの便が沢渡BTを経由することになったそうですね。特に改善されたのは、どの部分なのでしょうか。」


敬一さん「昨年の春までは、高山・上高地から白骨・乗鞍高原にアクセスする場合に、乗り継ぎが非常に面倒で分かりにくかったですし、バスの待合環境も良くなかった。それが、沢渡BTを乗り継ぎの拠点とすることで、アクセスがスムーズになったことが大きな変化です。」



△ハブ化された沢渡BT・沢渡ナショナルパークゲート


楓「とても大きな変化ですね。観光客の目線に立たれ、利便性を向上させること以外にも、ハブ化を進める動機として何かあったのでしょうか。ハブ化に向けたこれまでの経緯を改めて教えて頂けますか?」

敬一さん「ここに至るまでには、5~6年かかっているでしょうか。今のアルプス山岳郷(槍穂高・上高地・沢渡・白骨・乗鞍高原・奈川)というくくりでの地域の連携がまだ取れておらず、地域ごとに観光事業を考えていた時期が長くありました。時代の流れの中で、地域単体でやれることには限界が出てきた。そこで、周辺地域と連携を取って観光事業を推進していこうという流れに自然となっていったように思います。」


それがアルプス山岳郷の前進となる組織で、まずは周辺地域との交流も含め、交通体系の整備をめざす交通委員会が立ち上げられたそうです。 



敬一さん「交通環境の整備は、地域連携・観光交流の土台にあると言ってもいいほど重要な課題だという地域間での共通認識がありました。手始めに、観光者目線でどんな交通利用のニーズがあるのかを把握することを目的に、エリアを結ぶ周遊バスの実証運行を行いました。これがきっかけとなり、地域DMO(観光地域づくり法人)として周辺地域と本格的に交通環境の整備に取り組むべく、アルプス山岳郷が事業運営を始めました。観光客へのアンケート調査の他、エリア内を運行するバス・タクシー会社各社や周辺地域など関係機関との調整を地道に進めて、ようやく昨年ハブ化の第一歩に漕ぎつけたところです。」

楓「人の流れをつくっていこうとしたときに、まずは交通環境の整備が土台となるということがとても興味深いです。『通って交わる・交わるから通る』まさに、「交通」という字の通りで、地域が交わっていくそのベースに道があり、しかるべく環境が整えられていくよう調整が必要なのですね。沢渡BTはこれから地域同志が連携する交通の拠点であるばかりでなく、地域連携の象徴的な存在になっていきそうな気がしてきます。」


アルプス山岳郷における沢渡 現状と内包するリソース

楓「アルプス山岳郷エリア、そしてそれを松本・高山へともう少しエリアを広げて俯瞰して、周辺地域の中における沢渡の役割についてもう少しお聞きしていきたいと思います。さわんどの現状と、これまで沢渡が担ってきた役割、これから担っていく役割について、どんな風にお考えでしょうか?」

敬一さん「周辺地域とのアクセスが向上したとは言え、沢渡は、上高地へのバス乗り継ぎ拠点として、上高地観光に依存しているのが現状です。今後、この地域ならではの実現可能なビジョンと共に、独自のビジネスを打ち出すことが必要になってくる。とは言え、ここには何もないからこそ、やりがいがあるとも思っています。」

楓「何もないからこそやりがいがある。それはどういうことでしょうか?」

敬一さん「さわんどは、旧安曇村の一部。江戸時代は松本藩の御用杣として生活を営んでいました。その後大正時代からは、東洋一の発電所と呼ばれるほど発電で栄えるように。地域内に3つの発電所を有する発電の村に変わっていき、発電事業のためにたくさんの工員とその家族が住み着くようになりました。その後、昭和の時代になって、発電所への取水のため釜トンネルが開通することになり、その建設工事に、この沢渡地域の人たちも携わってきました。」

この釜トンネル開通を契機に、上高地へのアクセスが可能となり、沢渡は次第に観光のまちへと舵を切っていくことになったそうです。


敬一さん「観光のまちへと変わっていくと言っても、沢渡自体に観光資源は何もなかった。当時は温泉も引かれていませんでしたし、観光資源も特にない。飛騨と信州をつなぐ国道が通っているということだけ。でも、逆に何もないからこそ、できることは何でもやってみようと思いましたし、一つずつ行動に移しては次に何ができるかを考えるという繰り返しです。温泉がないなら、中の湯から温泉を引いてくる。マイカー規制となった上高地への入り口となれば、受け入れ環境(駐車場・宿泊/休憩施設・インフォメーション機能等)を整備する。また最近で言えば、飛騨と信州のいいとこ取りで、両地域の厳選素材をミックスした新名物のさわん丼を作ったのもその一つ。交通に関しても、何もない沢渡だからこそ、周辺観光地の交流拠点『バスタ沢渡』として、独自の役割を担い得るのだと思います。」

楓「お話を聞いていると、何もないとおっしゃりつつ、地理的なことも含めてこの地域ならではのリソースに深く向き合い、その都度柔軟に行動を重ねることで、結果として沢渡独自の強みを磨いている、そんな印象を受けます。」

敬一さん「昔からの沢渡気質とでもいうのですかね。とにかくやった方がいいと思うことを行動に移してやってみる。そうすると、自然と次にしてみた方がいいことが見えてくる。だからまた行動する、という感じですね。もちろん、私一人でできることではないので、インナーブランディングも同時に進めながらです。」


地域の一マネージャーとして・一プレイヤーとして描く沢渡の未来

楓「敬一さんは、アルプス山岳郷の交通利用推進事業部長の役割の他、一般財団法人ピアーズさわんど(ナショナルパークゲートの委託管理業務や沢渡BT・市営駐車場・グレンパークさわんどの指定管理業務)の理事長、渓流荘しおり絵(旅館)、株式会社ケイリュウ(建設業)の社長業もしておられ、地域に密着した事業経営の中で、地域に関わる様々な方をマネジメントするお立場にあることと思います。今、インナーブランディングという言葉がありましたが、敬一さんが事業を進めていく上で特に大切にしているのは、どんなことでしょうか?」


敬一さん「現在、有難いことに私の周りには優秀なスタッフが育ってくれています。振り返ってみると、地域のことや会社のことについて、マネージャーの私が何を考えているのか、常に周りに情報を共有することを大事にしていますかね。その上で、そこで働く意義を個々に考えてもらいながら、自立したプレイヤーが育ってくれたらと。そのためには、きちんと稼いで一人一人に還元し、モチベーションを上げることも大事です。」

楓「マネージャーとしての側面の他に、沢渡BTのハブ化に向けた取組みなど、敬一さんご自身も、熱いプレイヤーとしての側面をお持ちですよね。敬一さんがプレイヤーとして背中を見せることも、人の育成につながっているのかなと感じます。ところで、自立・共有というキーワードがありましたが、その上で例えば5年、10年後の沢渡の理想像・展望についてマネージャーとしてでも、プレイヤーとしてでも、どんな風にお考えなのでしょうか。」

敬一さん「昨年から検討が始まった、松本・高山地域の観光を包括的に考えるBigBridge構想のワークショップに参加する中で、沢渡が周辺地域からどう見られていて、どんな期待を持たれているのかを知る機会があり、とても視野が広がりました。さわんどの理想像について、個人的にはもちろんあるのですが、周辺との合意形成を少しずつ進めているところなので、まだ口にはできません(笑)。

ただ、今言えることは、バスタ沢渡としての更なる機能強化と、現在進行中の中部縦貫自動車道についても、どうなったら地域経済にとってプラスになるのか、検討と意見交換を進めているところです。」


楓「ありがとうございます。少し遠い未来の展望は話して頂けないとのことですが(笑)、最後に当面の目標と言いますか、現在目指されているのはどんなことか、教えて頂くことはできますか?」

敬一さん「現在、沢渡を通過している高山-新宿便が、沢渡BTを経由するよう働きかけをしています。これが実現すると、アルプス山岳郷エリアと東京を結ぶ人の流れに大変化が起こると思っています。また、中部縦貫自動車道について、沢渡(仮称)IC開設は、どうしてもこの地域にとって必要なこと。いずれも近い将来の実現に向けて、勉強をしています。私自身、土建業に長く携わってきたため、交通体系に詳しく、行政や関係機関とのやり取りを重ねてきた経験があります。地域の交通環境の整備に関しては、『自分がやらないで誰がやる』という気持ちで今後も取り組んでいきたいと思っています。」


◇さわんど温泉 公式サイト
https://sawando.ne.jp/


***
インタビューを通して、敬一さんのお人柄によるところも大きいと思うのですが、とても柔軟でありつつ、堅実で丁寧で、周辺との関係性を大事にしながら事を進めていく沢渡地域の姿が印象に残りました。新宿便が沢渡経由になることも、沢渡(仮称)ICの開設のことも、どちらも地域にとって大きな変化が想像できます。地域の中で熱いマネージャーであり熱いプレイヤーでもある敬一さんの描くビジョンがこの先どんな風に形になっていくのか、また周辺地域やそこで暮らす人々、観光客にとってどんなプラスの影響があるのか、期待が膨らんできます。地域のハブ「バスタ沢渡」として磨かれていく沢渡から、ますます目が離せません。


写真:セツ・マカリスター

聞き手・文:楓 紋子

アルプス山岳郷

槍穂高・上高地・乗鞍高原・白骨温泉・さわんど温泉・奈川

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