インタビュー#22
「アルピコ交通株式会社」
~地域に人を呼び、支え、心が動く交通を目指して~
アルプス山岳郷エリアの交通を古くから支え続けているアルピコ交通。エリア内では、アルピコ交通上高地線のほかアルピコバス等の運用を通して、上高地・乗鞍エリアへの観光客の送客のみならず、地域住民の生活になくてはならない存在として、長く地域と共にあります。松本・高山ビッグブリッジ構想が動き出し、コロナ禍を経た今。地域交通の要を担う交通事業者として、何を大切にし、どんな未来を見据えているのか?アルピコ交通株式会社の小林史成社長に話をお聞きしました。
創立から103年目のアルピコグループ
△アルピコ交通株式会社 小林史成社長。アルプス山岳郷の理事も務める。
「現在、当社の従業員数は1000人を越えます。更にアルピコグループ全体で見てみると、組織的には大きく見えるかもしれません。対象としているお客様層も広い。ただ、従業員は従業員であると同時に地域で生活を営み、当社のサービスを利用するお客様でもあります。提供しているバス・電車、スーパー、ホテルも広く皆さんに使ってもらうことで支えて頂いている。それは創立当時から変わらないことです。」
こんな風に、会社の歴史を振り返りながら、サービスを利用する地域の「人」の重さをまず語られたのは、アルピコ交通株式会社の小林社長。グループ年史には、創立当初から現在に至るまでの軌跡が写真と共に記されていました。
△1920年(大正9年)筑摩鉄道として始まった。新村に本社を置き、松本~新村間の鉄道施設工事の後、1921年に営業を開始。※アルピコグループ100年史より
△島々線坂付施設工事現場(大正11年)※アルピコグループ100年史より
△昭和10年頃の島々駅舎とバス ※アルピコグループ80年史より
△昭和34年 畳平に並ぶバス ※アルピコグループ80年史より
2020年に創立100周年を迎えたアルピコグループで、昨年の春にアルピコ交通の代表職に就いた小林社長は、入社してから今年で33年になります。路線バス・高速バスの運用に関する業務のほか、貸し切りバス事業の企画に長く携わり、現職に就く以前は、グループ内でホテル事業等を手掛ける東洋観光事業株式会社の社長職を務めました。Theサービス業の分野から再び交通運輸事業へ。そんな小林社長が感じ取るアルピコ交通の「今」とは。
コロナ禍を経た今、取り巻く状況の変化
小林社長「交通業界はコロナで様変わりをしました。当社は運賃収入よりも経費がかかってしまう赤字路線があり、コロナ前、収益の大きい高速バスの収入からその赤字を補填するという事業構造で成り立っていました。しかし、コロナ禍で人の流動が極端に少なくなり、現在も高速バスはビジネス利用のお客様が戻らずコロナ前の約6割。貸し切りバスについても、会社の研修旅行等での利用がほぼなくなり、同じくコロナ前の6割の利用と厳しい状況です。」
コロナ以前の収益モデルが成り立たなくなり、赤字路線の継続は収益を圧迫するばかり。そんな中、松本市ではバス運行に関して公設民営化が決まり、2023年4月から新たな運行形態でスタートすることになりました。
△公設民営という新しい運行形態でスタートする「ぐるっとまつもとバス」の運行イメージ※松本市HPより
小林社長「公設民営化によって、松本市から委託を受けて当社がバスを運行するという仕組みになりました。これにより、全体の中で想定の売り上げよりも経費が上回る場合は、市から経費が補填されるようになります。ただ、補填されるお金の元は税金。今後、税金の使い道について様々なところから『こういう使い方でいいのか?』という声が生じることもあるだろうと思っています。」
公設民営化のその先を見据え、新たなビジネスモデルの構築を考えている小林社長。アルプス山岳郷エリアを含めて、より地域の実情に合った形で、一人一人のお客様に寄り添うことを大事にしたいという思いを持っています。
そんな中、力を入れているのが乗客となるお客様が求める声に丁寧に耳を傾けること。電話やメールで受け付けたお客様の声を一ヶ月に一度取りまとめ、当時の状況を確認して対応方法などを検討し、対策を講じているそうです。
小林社長「今や安全・定時運行は当たり前。最近は自動運転の実証実験が始まっている地域があるものの、本格導入はもう少し先のこと。とはいえ、昔に比べれば機械化された部分も多いです。でもやっぱり最終的には『人との関わり』を大事にしたい仕事で、お客様からもそういったことを求められている。基本的なことでも、乗車してくださったら『ありがとうございます』、雪で遅れたら運転手の責任ではなくても『お待たせしました』、道を聞かれれば簡単に案内ができるなど。ちょっとしたことでも人が関わり、『人とのふれあい』という『体験が満たされるコミュニケーション』を大切にしたい。」
どんなに時代が進み機械化されても、そこで実際に「人」に触れることで得る安心感や感動は、記憶に刻まれる「心動く体験」になる。地方の観光地であればなおさらで、その体験は、海外のお客様も含めて観光客にとって、旅の中で決して小さなものではないだろうと。そんな、「人とのふれあい」という「体験」を大切に考える小林社長から、今後のアルプス山岳郷エリアでのビジネスモデルについてお聞きしました。
上高地・乗鞍地域で見据える未来
小林社長「何年かかるかは分からないが、デマンド交通・地域振興バスへの転換を図っていきたい。例えば乗鞍高原には乗鞍高原の、美ヶ原には美ヶ原のしくみがあるはずで、先行地域の事例も参考にしながら、地域に合った交通政策を提案し、収益を上げられる形にしていけたらと考えているところです。」
デマンド交通は、高齢化になっていくこれからの時代に、地方で営業するバス会社の在り方になってくるだろうと話す小林社長。そのカギになる二つの方向性は、「快適性」と「地域に合ったしくみ」だと言います。
小林社長「乗鞍・上高地は、市街地とはお客様の属性が違う。観光地としての魅力がアップするように、キャッシュレス化など快適に利用いただける仕組みにしていきたい。バスもサービス業に近くなってきている。機械化できるところはしつつも、アナログ的な人との関わりも大切にしたい。特に乗鞍地域は、住む人と観光で訪れる人が混在する地域なので、その両者にとって使い勝手がいい、乗鞍独自のしくみをつくれたらと。」
脱炭素先行地域に認定された乗鞍高原については、環境に配慮したバス運行や、のりくら高原ミライズで検討している「グリーンスローモビリティ(環境配慮型二次交通システム)」についても実証実験などを通して積極的に関わりたいとの言葉もありました。
さらに、ビックブリッジ構想で掲げている「世界に誇る山岳リゾート」を目指して、単独ではなく、国・市・地域の関係機関と協力して地域活性化を進めていくことに意欲的な小林社長。その目線の先に見据えているものについて、最後にお聞きしました。
小林社長「当社は古くから地域に密着した企業として存在しました。地域の生活を支えるということに加えて、これから先の私たちの役割は、国内はもとより海外も含めて、地域にどれだけ人を連れて来られるかということだと思っています。」
△「首都圏と地域をつなぐ」がテーマの一つとして掲げられているアルピコグループのHP
小林社長「国が重要な産業として『観光』を位置付ける中で、私たちは二次交通・ホテル旅館・スーパーも含めて、外から人を連れてきて、その方たちの滞在を支え、長く滞在できるエリアにしていくことで、地域の活性化につなげていけたらと。ひいては長野県、そして日本全体の活性化に貢献したいですね。」
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コロナ禍を経て事業モデルの転換を迫られる中、環境経営への視点や観光に関わる長期的・広範的視点など、多角的な視点からエリア内外の交通システムの在り方や、地域の未来を考え、「やることはいっぱいある」と話された小林社長。先を見据えながらも、地域で暮らす人・地域に訪れる人・その人たちを支えて働く人を大事に思い、人と人とのふれあい・関わり合いを大切にしながら事業を展開していこうと考える、そんな社長が率いるアルピコ交通と形作る山岳郷エリアの未来に、明るくあたたかな兆しを感じます。「理想や思いを語るだけで終わらないよう、難しくても少しずつ形にしていきたい。一緒にやっていきましょう。」と最後に語られた小林社長のその言葉もまた、地域の未来へのビジョンを共有し、共に歩むパートナーとして一段と心強さを感じるのでした。
◇アルピコ交通株式会社
https://www.alpico.co.jp/traffic/
◇アルピコグループ
◇令和5年4月スタート!「ぐるっとまつもとバス」
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/222/50194.html
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子
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